設立趣意書

 

    滑空史保存協会設立趣意書

     事実を確実に、丁寧に次世代に向けて受け継ぐ作業

 滑空機とは、自動力を持たない飛行機で、大気の中を浮くが如く、滑るが如く に飛んで行くのです。動力に頼らないがゆえ、設計コンセプト、製作技術、操縦 能力,全てにおいて緻密な計算と、そこに関わる一人一人の「感性」が重要視さ れます。これらのように、ヒューマニズムの集合体、それが滑空機、つまりグラ イダーというものです。

 戦前の滑空機先進国は主に欧州、ヨーロッパにありました。なかでもドイツは 抜群の開発力で進んできます。第1次欧州戦争のペナルティーから脱出するため の苦肉の策が、「無動力飛行機開発」の原動力となったのです。日本でも古い歴 史が残っていますが、学術的には明解なものではありません。日本国内における 滑空機の開発は、昭和5年をかわきりに、先人は研究・努力を重ねていきまし た。その数々の試行錯誤、創意工夫の繰り返しが滑空技術をどうにか世界レベル まで近づけてきたのです。費やした年月はわずか15年間、その間の勝負であっ たのです。

 その時代、当然エンジン機は多種新型や高出力発動機も成功し、新しい記録 を樹立していました。しかし滑空機、無動力機開発においては、見えない大きな 壁との戦いの連続であったように見えます。しかし、かつては「糸が切れた凧」 と不評され、なかば笑いものにされながらも、滑空機が秘めた魅力を信じ、真の 航空の未来に夢を託した先人達の努力と実績は存在していたのです。日本人の手 によって考案され、造られ、日本の空を切り開いた機体があり、それに携わった 方々がいて、ひたすらに技術を積み上げ、当時の滑空先進国に追いつこうとした 史実が確実に存在するのです。

 時として、「日本の滑空機はドイツのその猿真似である」という声も聞かれ ます。確かに日本の滑空界初期はドイツ式で始まり,いかに国内滑空に適したも のに合わせるかが課題でした。しかし、時間とともに滑空の理念を考えた時,自 ずとその機体は修練されていき、そこにはドイツの機体が持ち合わせない性能の 傑作機を送り出すことが出来たのです。そしてその進歩が、意外や「気象」にヒ ントがあった事も見逃せません。海陸風の島国であった日本と、大陸風のドイツ では、滑空形態もまた違っていたのです。

 また滑空、滑翔、グライディングの「影の力」となった、「気象学」、「山 岳家」などの専門家の大きな支えがあったことも忘れてはいけないことと思われ ます。

 そして終戦後、占領没収にしたがって明るみに出た「日本航空技術」は、各 国が予想していたものの他に、「航空理念」、「創造」、「究極の思想」が表に 出てきます。それは現在、全て文献や資料など海外に持ち出されましたが、姿、 形をかえて世界の航空や宇宙に貢献していくのです。

  しかし、戦後の復興や高度成長を経て、物資はどんどん豊かになり、世界の 目が「宇宙」へ向けられていくなか、この滑空の高揚期であった戦前の歴史が、 人々の記憶から消え去ろうとしています。

 食うや食わずの状況で、機体作りに没頭した製作者がいました。損得なしに 命がけで記録飛行に挑んだ滑空士がいました。製作や飛行に協力し、名も残せな かった裏方が大勢いました。

 滑空界で好んで使われた「一人は皆のために、皆は一人のために」。人生訓 として、伝え残したい言葉として書き残しておきます。この言葉が表すように、 滑空は「スポーツ構造」であり、それらはまさにわが国に伝統的に受け継がれて きた「モノづくり」の象徴であり、底力でした。

 さて、ここで時間を現在にあわせてみましょう。大学の航空部や滑空部、ま た社会人滑空クラブで飛行を楽しんでおられる方も多い中、「滑空の歴史」に目 を向けた研究や活動はほとんどなされていないのが実情です。文献、書籍、写 真、図面は散逸状態にあり、当時を知る方々のほとんどが超高齢の域を迎えられ ました。* * だからこそ、この「滑空の歴史」を紐解くことによって、これからを生ける 人たちが日本人としてもう一度大きな希望を抱けるような、そのような活動を皆 様とともに作り上げていきたいというのが協会の願いです。

 私どもは、この埋もれつつある滑空の歴史と、そこに存在したであろう数々 のドラマに光をあて、多くの方々にこの史実を知っていただきたいと考えていま す。**その情報発掘には、全国に散在される滑空史保存協会会員様に「滑空史 ファシリテーター」として調査委嘱を託し、後世に、未来の青少年に伝承してい ただきたいと考えています。そして一人でも多くの方々がこのヒューマニズムの 集合体である「滑空史」に触れることで、当時を知る大人だけでなく、多くの若 人や子ども達がその五感をよみがえらせることに繋がって欲しいと願うのです。

  現代の子どもたちは、外では「駆け回る草原を奪われ」、屋内では「多大な 情報に翻弄され」、”創造する力”を育みにくい世情の中に置かれています。少し 前までは「使い捨て時代「飽食の時代」がヘヤピンカーブのように一転し「リサ イクル、リユース、エコ、健康食」と刷り込まれ、「将来、未来」を見ることの 楽しさや必要性がこどもの目には入ってくるのですが、しかしよく落ち着いて考 えれば「過去を振り返らずしての未来」があることは絶対にないのです。どのよ うな環境の中でも、自分の手で創意工夫、試行錯誤を繰り返しながら、人生を作 り上げて行く苦労と喜びを味わってほしいのです。

 また、一人一人がどのような形であれ歴史の担い手になれることを味わって いただき、戦前の日本に、世界を迎えての「東京オリンピック滑空競技種目」ま でが企画されたことなど「このような素晴らしい時代もあったんだね」と語り 合っていきたいと思っています。そして更に私どもは、単なる滑空史の保存だけ でなく、その延長線上にある、先人の「底力」と「情操教育」を見つめながら、 滑空史を通じて直接子ども達と触れ合うことができる活動も続けていきます。** 滑空史の保存と、その延長線上にある「情操教育」が交わるとき、時の冒険者が 持ち合わせていた「五感」や「科学する知恵」を再現できるものと信じます。

 以上をもって滑空史保存協会の趣旨となし、

「事実を確実に、丁寧に次世代に向けて受け継ぐ作業」

が本協会の責務と考えております。歴史が神話に変身しないためにも・・・。

  滑空のプロムナードは皆様の目の前に広がっているのです。

                                                 2007年 平成19年 春に記す

                                                滑空史保存協会本部  河辺新一