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昭和19年
昭和20年
昭和20年

昭和20年(1945)6月1日から10日まで、福岡の前田航研、糸島工場で、空技廠立合のもとに秋水グライダーの強度試験を行った。ずいぶん頑丈にできたグライダーであった。 

 

ロケット戦闘機(秋水)の原型となるたドイツのメッサーシュミットMe163型ロケット戦闘機は、1941(昭和16)年に初飛行し、1944(昭和19)年には迎撃戦闘機として大いに活躍した。2分半で9,000mの高度まで急上昇し、最大950km/時の高速を出すが、航続時間は、やっと8分ほどであった。これは無尾翼機なので、これをコピイした(秋水)の実機を飛ばす前に、全く同型のグライダーを作って、安定性、操縦性を検討し、またパイロットにも、実機にのる前に、このグライダーで、無尾翼機に慣熟させようという狙いであった。 

(木村秀政)飛行機の本、146~150頁参照


 (昭和20年8月15日)大日本帝国政府は、米、英、ソ連、中国のポツダム宣言を受諾し、天皇陛下の終戦の詔勅が放送され、ついに大東亜戦争の幕は閉ざされた。

つづいて、米英軍が進駐してきて、降伏命令により、8月24日以後は、すべての日本国籍の飛行機(航空機)の飛行が禁止された。

 敗戦により国内の秩序は極度に混乱し、交通、通信機関は全く麻痺してしまった。終戦業務を迅速に処理するために、連合軍司令部の許可を得て、9月14日から緑十字をつけた飛行機27機で、東京を中心に主要都市間の連絡飛行をした。これも10月10日までで中止になり、これ以後は米軍の手で終戦連絡飛行が行われた。

9月22日に発表された「降伏後の日本に関する米軍の最初の政策」の第3部、政治の第1節、武装解除ならびに軍国主義の抹殺のところには次のように記されている。

日本は陸、海、空軍、秘密警察組織、また如何なる民間航空も持つことはできない。

陸、海軍の資材、船舶、諸施設、ならびに陸、海軍および民間の航空機は、連合軍最高司令官の要求通りに処分されねばならぬ。

 

 

 (民間航空廃止に関する連合軍最高司令官指令書)

 

 1945(昭和20)年1118日

帝国政府宛            連合軍最高司令官總司令部

   民間航空に関する件

1、最高司令官の特に許可したもの以外の、一切の民間航空関係の政府の機構、半官団体は、1945年12月末日までに廃止すべし。

2、航空輸送事業その他の民間航空活動をしてきた一切の会社、協会などの団体、また航空機の運航、設計、製作、整備に従事する者の養成をしてきたすべての種類の団体を、1945年12月末日までに解散させる措置を講ずべし。

3、右の廃止、解散すべき諸団体の役員、高級職員、専門技術者、研究者、操縦教官、操縦者の登録名簿を1945年12月15日以前に総司令部に提出すべし。

4、1945年12月末日以降、政府機関、政府員、会社、協会、日本国民またはその団体は、左記のものを購入したり、所有したり、保管したり、運転したりすることを禁止する。

航空機もしくは航空学に関する研究、製作、整備の設備、実験研究用模型を含むすべての航空機、その部品、エンジン

5、航空学、空気力学、航空機、気球に関する事項はこれを教育、研究することを禁ずる。



昭和16(1941)

5月21日、 独グライダー部隊のクレタ島占領。

9月1~6日、 太刀洗でク-1の試飛行。

 

 

昭和17(1942)

 

4月27、28日、  ク-10木型審査、翼桁強度試験。

7月7日、 立川技研で滑空機曳航の研究会。

9月11~14日、  同技研で滑空機工学の講義。

11月7、8    11月7日、8日   大阪寺田ビルで国際ク-7の設計会議、
出席者、原、三木、木村、佐藤。

12月10、11日、  国際京都工場でク-7設計指道。

 

 

昭和18(1943)

 

5月7日、 前田糸島工場でク-7改2審査。

5月12日、   兵器本部4研でク-6の設計審査。

12月12日、    ク-1で陸軍技術有効章を受ける。

 

 

昭和19(1944)

 

2月26日    2月26日~3月3日、立川の審査部で7-10の試飛、ク-8の事故対策協議会。

              5月18~23日、前田糸島工場でク-10剛性、振動試験。

              6月24~30日、国際京都工場でク-7完成審査、地上試験、改装協議、渡辺、古林少佐。

 

 

昭和20(1945)

 

6月1~10日、 前田糸島工場で空技廠立合で秋水グライダーの強度試験。

8月15日、 終戦の詔勅。

11月18日、 民間航空廃止に関する連合軍最高司令官の指令書が出た。



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