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 (文部省の本17年度、教員滑空訓練講習会)文部省の年中行事中の重要なものになった本講習会は、本17年度は、7月1日から11月3日まで4ヵ月間行うことにきまった。以上の期間を、1期40日ずつ3期に分け、1期間40名ずつ合計120名を訓練することに決定した。

 

 

 (東日募集の中級機の審査方法)5月13日、東日会館8階、特別室で、第5回中級滑空機審査委員会が開かれ、左記のことがきまった。

 

(1)審査委員会を設置して、実地試験の審査をする。これには左記の委員を委嘱する。

榊原航空官、飯塚、村上、川崎、武田各航空官、大森陸軍少佐、野田陸軍中尉、木村東大助教授、佐田航空官、横山、古林各陸軍少佐、松下体育官、志鶴滑空士、清水、利根川滑空士。

(2)実地試験は6月1日より同14日まで航空試験所で振動試験。

◦ 6月15日より6月18日までに航空試験所から石岡中央滑空訓練所へ運搬

◦ 6月19日より同25日まで操縦性能試験飛行、これはウインチ発航による。

◦ 6月25日より7月5日まで、飛行機曳航による性能試験飛行。

設計入選の機体および供試機体の製作依頼会社は次の通り。

 米田式B2型   巴航空機工業KK

 日本式雉型   日本小型飛行機KK

 TKT型      伊藤飛行機KK

 進藤式B6型  東洋金属木工KK

 

 

 (5月3日、広島滑空場の開場式)が擧行された。これは広島市近郊の川内村の河川跡を整地して作ったもので、同市の広島滑空連盟が使用権をもっている。このそばには昨年末に設立された日本航空機工業KKがあり、プライマリーを作っているので、機体の供給や修理に便利である。

 (学校用滑空機の購入)は、生産能力不十分のため、文部省で取りまとめて購入手続をして書類コントロールをすることに決定した。

 

 

 (航空時代、昭和17年6月号、朝川龍三、「朝鮮における最近の滑空界」)同氏は朝鮮国防航空団参事。「滑空界先輩のページ」志鶴忠夫、「我々の任務」清水六之助、「滑空教育について」磯部鈇吉、「滑空界初期の思い出」

 

 

 

 (大空の故郷、文部省野辺山訓練所)の建設工事が着同と進められている。文部省では理想的な大滑空道場を建設して、これを学徒の「大空の故郷」とする計画を立て、昨年長野県の大高原に地を卜し、工事を進めてきたが、この6月から高校や専門学校の生徒が集団勤労をして建設を助成することになり、8月末には一応完成の運びになるようだ。本滑空場の所在地は、八ヶ岳の山麓が、ゆるく東方に裾を引いている大平原で、東西2km、南北1kmにわたる50万坪の広大なものである。標高1,300余メートルの高原で、文部省ではこの滑空場を「文部省野辺山訓練所」と呼んでいる。野辺山駅に近いのでこの名がついた。

 

 

 

 

 (第2回航空日号グライダー)大日本飛行協会では、昨昭和16年の航空日当日に販売した「航空日章」の売上純益3万6,393円で、グライダー33機(高級機2、中級機3、初級機28)を製作中のところ、このほど全部出来上ったので、全部に「第2回航空日号」と命名し、同協会の中央滑空訓練所および全国の地方訓練所に配属させた。

 

 (第2回滑空機製作講習会)大日本飛行協会、朝日新聞社主催で、6月20日から7月19日まで1ヵ月間、第1回と同様、川崎市木月の航空局、航空試験所で、滑空機製作講習会が開かれた。製作機体は「朝日式駒鳥型」、講習員20名、講師は航空試験所職員、講習費、材料費など無料、旅費、滞在費だけ自弁である。

 

 

 (最初の航空局推薦滑空機「朝日式駒鳥型」) 

 朝日新聞社提唱の中等学校にグライダーを寄贈する運動は、各方面の後援のもとに、航空局駒林技術課長、航空試験所松浦第2課長、佐田、榊原両航空官、および佐藤九大教授らの指導で朝日式駒鳥型を完成、前田航研工業で製作し、去る5月16日、大阪で第1回分21機の献納式を行ったが、この間、航空局の数次にわたる試験で良好な成績を収め、このほど本機を、初めての航空局推薦滑空機と決定した。本機は折りたたみ式のため、取り扱いが容易で、過日羽田で行った実験によれば、分解組立ともに2-3分というすばらしい成績を示した。(詳細は航空時代8月号に出ている。)


  (6月6日、生駒山滑空研究会開会式)わが国の滑空史に輝かしい記録をもつ生駒山滑空場を中心に高度の滑空技術の研さんに努めようとする生駒山滑空研究会が6日、同山上格納庫で発会した。会長は飛行協会の大阪副支部長の鶴見少将。佐藤九大教授の記念講演があり、午後は大和、常国、利根川、大久保各滑空士の搭乗する光式、ゲ式、巻雲型などの高級機の模範滑空、3機編隊の空中列車や曲技飛行の公開があり、3時過ぎに盛会裏に終了。


 (6月30日、特級滑空士、滑空教士の免状交布)

 本昭和17年4月から施行された滑空機規則による特級滑空士、同滑空教士免状が左記の5名に遞信大臣において、その資格ありと認められ、無試験で交布を受けた。特級滑空士と特級滑空教士の両免状を受けたのは佐田侃三、松下弁二、志鶴忠夫、小田勇の4人、特級滑空士免状だけ受けたのは篠田亀久三氏であった。なお一、二級滑空教士の免状も、若干認定によって下布されるようであるが、目下これに必要な調査を行っているので、決定までにはなお幾日か要するようである。

 

 (伊藤飛行機KK発展的解消)滑空機メーカーの元祖として有名な同社は7月に、航空機材工業KKに合併し、日本航空機工業KK(社長舟崎由之氏)と称することになって伊藤飛行機の名称は発展的解消を告げた。
 

  (9月航空日に全国8ヵ所でグライダー大会)来る9月20日は、第3回目の航空日で、航空局国民航空課が例により中心となって、種同な行事を計画しているが、本17年度はグライダー大会を全日本の枢要な8ヵ所で開催することにしている。具体的な方法はまだ決定してない。

 

  (8月11日より3日間、全日本学生滑空大会)大日本飛協、朝日新聞社共催で、第4回の本大会が霧ヶ峯で盛大に行われた。全国16校約65名の学生鳥人が紺碧の高原の空を切って敢闘の熱戦を展開した。第1日はゴム索発航初級、中級機指定地着陸。第2日はウインチ曳航による中級機360度旋回、指定地着陸、第3日は高級機滞空および指定地着陸、飛行機曳航。中級機1位、法大、高森(遞信大臣賞)。高級機、1部1位、関大、一山(陸軍航空總監賞)。高級機2部、1位、早大、中川(優勝旗)、なお清水六之助滑空士がオリンピアで曲技飛行の妙技を示し、武久滑空士は鷹7型でゴム索発航でテルミークと斜面上昇風を利風して高度1100m、滞空54分に及び、観衆に大きな感盟を与えた。 

 

  (巴式 は1型ソアラー)山口県防府市の巴航空機工業KKではさきにセカンダリー「ろ1型」を発表したが、今回はソアラー「は1型」を完成した。これはグルナウ・ベビーと同様なもので初飛行は7月6日、防府飛行場で行ったが、8月21日から、八日市飛行場で、同社堀川勲滑空士はじめ、文部省、大日本飛行協会所属の6名の滑空士が搭乗、25回にわたるテスト飛行を行ったが、宙返りおよび上昇反転、ソアリングに良好な性能を示した。(航空朝日、10月号)

 

 

 (八日市の学校教員滑空訓練講習会)7月1日から開かれていた文部省主催の昭和17年度の本講習会(定員40名)は、すでにその第1期を終了した。40日の訓練期間中、全員大変熱心に受講したので大いに進度を上げ、8字旋回、指定地着陸のテストにも立派な成績をみせた。なお第2期は8月13日から開始されたが、これも大変好調で、初歩訓練は3日間で打ち切り、全員3週間で360度旋回の課目に進めるようになるだろうと指導者は語っている。指導松下、小田、原田、小島知--10名。日の出から8時半まで練習、朝食、学科、機体整備、昼寝--夕食、5時より日没まで練習、いわゆる「ドロボー時間」。


 (大毎、東日募集のセカンダリー4機の実地試験)は7月23日より、石岡の中央滑空訓練所で佐田航空官指揮の下に実施されていたが、8月6日に完了した。この成績は近く公表される。
 

 

 

 (熊本県航空青少年隊指導員養成講習会)が阿蘇草千里で行われたが、その受講者29名が新制定の三級滑空士試験を受けたところその中の25名がパスし、7月30日付で免状が交布された。

 (大滑空場の建設)兵庫県庁では加東町嬉野に30万坪の大滑空場を建設中だったが、近く完成する。また大日本飛協大阪支部では、三重県の伊賀上野町近くに大滑空場を建設しようと努力中である。
 

  岡山県では県内の中等学校教員や青少年団指導者を集めて、8月22日から10日間、鳥取県浜坂砂丘で初級滑空訓練をした。 

 大阪府では、目下、信太山滑空場に府下中等学校生徒を集めて三級滑空士を30名出そうと猛訓練をしている。

 

 

 

 (第2次航空青少年隊滑空訓練指導員候補者合宿訓練会)が前、後期に分けて行われた。前期は8月8日から同27日まで、後期は9月1日から同30日まで、会場は前期は霧ヶ峯後期は鳥取砂丘と福岡県元岡村の九州飛行訓練所の2ヵ所、定員は前、後期とも各20名、何れも初級機100回以上の経験者中から選ばれた。主催は大日本飛行協会である。

  

 

 (8月27日より9月5日まで10日間、大毎、東日主催で生駒山気流調査飛行があった)

 

  (石岡で滑空研究会)大日本飛行協会では9月5日から14日まで中央滑空訓練所で滑空研究会を催し、参加は一流滑空士15名、高級機8機、飛行機5を使用する。目的は訓練所付近の各種気流の調査研究するにある。

 

 

 

 

 


 


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