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 (9月20日の航空日の滑空大会)航空日当日は、全国道府県各1ヵ所で滑空訓練大会を開くことになった。参加者は航空青少年隊と中等学校生徒に限られ、このうちの航空青少年隊の当日の成績は、神宮大会に参加させる団体予選の参考にするようだ。

 

 

 (台湾の指導者養成講習会)台湾航空協会台北本部主催の第2回全島中等学校教員滑空指導者養成講習会が、台北で7月20日より8月8日まで行われた。受講者18名、指導者武中政治郎級滑空士、林田滑空士。ついで台南飛行場で8月11日から2次訓練が行われ、ここではセカンダリーのウインチ曳航で二級滑空士免状受験資格を与えることになっている。なお同協会台南支部では、全島学生滑空指導者の訓練を7月23日から行っているが、受講者は28名である。

 

 

 

 (新しいゴム索が切れて困る)近頃配給の新しいゴム索が、被覆は痛まず、中味のゴムがプツンプツン切れるので困っている。これは配給のゴム原料が粗悪になったためとみられている。

 

 (初級滑空機叢書4巻)各冊1円10銭、神田神保町光生館発行、大日本飛協主事、中央滑訓教師、白石襄治、清水六之助著「滑空原理と滑空機の操縦」、「滑空機発達史」。白石襄治著「滑空機の工作」。中央気象台技手、理学士、山下一郎著「滑空の気象」。

 

 

 (青少年航空叢書)文部省体育局、山崎好雄著「グライダー」、1円80銭、神田町錦町、育生社弘道閣発行。

 

 

 

 (11月18日、大毎東日募集セカンダリー東日本社で授賞式)

 

 

 1昨年(昭和16)初め大日本飛協、大毎、東日共催で中級滑空機設計募集を発表したところ、約20件の応募者があった、このうち図面の不備なもの8件を除き、12件について審査を進めた。岩本周平委員長のもとに、性能、安定、操縦性(村上航空官)、強度、工作、材料、取扱、運搬(川崎航空官)、外観(佐同木航空試験所長、松浦第2課長、佐田、榊原、村上、川崎各航空官)で分担審査した。採点の結果左の4件が予選に入った。

 米田式B2型(米田松人)、日本式雉型(日本小型飛行機KK)、TKT型(土橋三郎他2名)、進藤式SB6型(進藤鈔)

 右の4機を、航空局試作機として左記の各工場に試作させ、今春完成し、それぞれ試作奨励金が交布された。

 米田式B2型(巴航空機KK)、日本式雉型(日本小型飛行機KK)、TKT型(伊藤飛行機KK)、進藤式SB6型(東洋金属木工)

 右の4機について航空試験所で振動試験(河島航空官担当)、10分の1模型で風洞試験(村上航空官)、次に各機に速、高、昇降、傾斜計、寒暖計をつけて、石岡中央滑訓で佐田航空官、松下体育官、東日の志鶴滑空士、飛協の清水滑空士、白石技師により、ゴム索、ウインチ、飛行機曳航(米田B2型はしない)で性能、安定、操縦性のテストを行った。曳航機はクレム式L25型、九五式3型練習機を使った。

 予選に入った4機は、従来のセカンダリーと異なり、みんな1本の張線もなく、セカンダリーとソアラーの中間的なもので、これは募集規則に対する当然の解答とみられる。各委員の慎重な審査検討の結果、左のように順位が決定した。

  2等(進藤式SB6型)、3等(日本式雉型)、佳作(米田式B2型、TKT型)

1等がなかったことは残念であるが、一応この程度のセカンダリーが得られたことは、著しい設計技術の進歩であり、更に一そうの努力を期待するものである。


 (11月1日、第3回明治神宮奉献の滑空訓練大会)が石岡の中央滑空訓練所で行われ、各府県航空青少年隊員、中等学校生徒によるプライマリー訓練、一般、学生、教員15名のセカンダリー、ウインチ発航、高度80m、8字旋回、ソアラーの飛行機曳航、高度500mスパイラル降下、高度800m錐もみ、宙返りなどが行われた。この日は、明治神宮国民錬成大会總裁三笠宮、同妃殿下には、遠路会場に台臨され、熱心に競技をご覧になった。

 

 

 (昭和17年度、日本新造機の展望)航空朝日、昭和18年1月号に、主として軽飛行機とグライダーが紹介されている。光式研2型モーターグライダー。冨永式鴎型ソアラー、九帝11型ソアラー、光式5.1型ソアラー。頓所式1型ハンググライダー。光式1.3型プライマリー。光式2.2型セカンダリー。大毎、東日の入賞セカンダリー4機。

 

 

 

(ハング・グライダーについて、航空局航空試験所、頓所好勝)

 

 

 航空朝日、昭和18年1月号に発表。私がハング・グライダーを作ったのは昭和12年の春だった。昭和8年ごろから始めて、10年の暮にやっと設計がおちついた。ハング・グライダーといえば曲芸まがいの危険なもののように思われるが、スキーのジャンプに比すべくもなく安全である。着陸に足を折るような危険はないかと問われるが、これは鳩が地面に降りるように必配はない。難しいのは離陸である。リリエンタールのように山の斜面を、かけおりて飛ぶ方法もやってみたが、労力がいるので、細いゴム索を使って引っぱってもらう、今のプライマリーがやっている方法を使っている。索にはそれぞれ1人ずつついて引っ張ってもらえば十分です。またゴム索の端を止めておいて、機体といっしょに後退して、この張力でスタートすると、人手は全然不要だ。私の機体の最小飛行速度は9m/秒で、大体短距離競走速度です。浮き上がるだけの最小速度は約6mですが、25kgの機体を担って4m/秒以上の速度で走るのは大抵のことではないので、この機体で飛ぶには、2m/秒以上の風が必要になる。私の経験では3m/秒ぐらいの風が適当のようです。最小速度で離陸すると失速して、スピンに陥るおそれがある。しかし地上2、3米の高度だから、急に一方に傾いて翼端が地面に触れると、振り回されるだけで、心配はない。このような離陸に対する工夫が、ハング・グライダーを発達させる上に大切です。

 リリエンタールのハング・グライダーは操縦面を持たなかったが、私のには、昇降舵と方向舵がついていて、左右安定は、主翼に上反角をつけて補っている。搭乗するには、ナセルの上部の蓋をあけて入り、機体を一本のバンドを左肩にかけて担ぐ。飛行中は大体パラシュートにぶら下がるような調子です。飛行中はナセルの上部の蓋はゴム紐で自動的に閉まり、脚を引込めると下面も自動的に蓋が閉まって、胴体はよい流線形になる。

 飛ばすには、2、3米の風の時、ゴム索を引いてもらい、これが十分伸びるまで、両足を踏ん張って待つ。この間機体が左右に傾かぬよう注意する。十分ゴム索が張ったら、上げ舵を一ぱいにして走る。浮き上がるようだったら、もうしめたもんで、翼の浮力をわずかに感ずる程度に、昇降舵を加減しながら、十分速度をつけるため走る。飛行速度になったら上舵で跳躍する。空中に浮いたら、失速を防ぐため舵を中正にもどす。離陸には1、2秒、10mほど走ればよい。

 着陸の時は、機体が地面に近づいてから急に上げ舵を引いて、機首を上げ速度を落とすと同時に足を伸ばして接地する。大抵5mも走ればよく、その時は少しのショックも感じない。


 (アメリカ、グライダー部隊の大拡充)

 ドイツ軍のクレータ島占領の際のグライダー部隊の大成功に刺激され、米陸海軍では、空輸用大型グライダーの建造計画を立案し、本昭和17年1月中旬に、陸軍の注文による最初のグライダーがライト・フィルドの陸軍航空器材部に納入された。詳細は不明であるが、同機の全幅は80フィート以上といわれる。同時に加州にグライダー学校を開設し、126名のグライダー・パイロットを養成しつつある。

 1941年(昭和16年)の初めに、陸軍長官スチムソンは「モータ付飛行機の操縦の初歩課程にグライダーをやらせることの効果は疑わしく、またその結果は経費を償い得ないと思われる」と言明し、また海軍のスポークスマンは「飛行訓練要目にグライダーを加えることは全く無価値と考える」と声明した。

 こんな政府の態度にもかかわらず、全米のグライダーメンは180のクラブを造り、毎年6月に米滑空協会が主催して、ニューヨーク州のエルマイアの丘で大会を催し、290マイルもの長距離滑空記録さえ樹立した。

 しかしドイツのクレータ島攻略で示されたグライダー部隊の威力は、米軍部にも大きな関心を喚起し、遅まきながらグライダー部隊の整備に乗り出させることになった。この当日アメリカには免状を持った滑空士は僅かに154名、グライダー約200機、グライダー学校数校に過ぎなかった。

 海軍はこの夏までに4種類の輸送用グライダーの試作を発注し、海兵隊ではグライダー部隊に必要な飛行士、兵員、地上勤務者を訓練中である。陸軍でも兵員輸送用および練習用グライダーの大量注文が飛行機製造会社に発せられ、数十名のパイロットがグライダー訓練を開始した。

 陸軍のグライダー訓練を指導しているのは、アメリカ切ってのグライダーの名手、リュウインバリンガアで、彼は「大型輸送用グライダーの曳航により、輸送機は速度と航続力の大したロスなしに、輸送量を極度に増大することが可能になる。また奇襲のための兵員の大量輸送にはこれに勝るものはない」という。最近の情報は、米の滑空士の大量訓練はいよいよ軌道に乗ったと伝えている。

 またニューヨーク・タイムス紙は、輸送機とグライダーによってドイツ軍は20万人の兵を英本土に2晩ぐらいで運び得る可能性があると指摘して注目をひいた。


 (7月より文部省、野辺山滑空訓練所開く)

 本訓練所は、八ヶ岳山麓、小海線、野辺山駅に続く、標高1,400m近くの高原にある。(野辺山駅は標高1,345m、国鉄最高の駅)周囲は白樺、落葉松の林にかこまれ、夏は高山植物の花が咲き乱れ、ホトトギス、カッコーが鳴く幽玄境である。最高温度はC23度、最低温度はマイナス23度であるから、5月から10月までしか使えない。本年度は、7、8月の2ヵ月訓練を行った。

 各大学、高等、専門学校から学生20名位に教官1人が付き添って10組ほどやってくる。宿舎は20人部屋が10、10数人入られる教官部屋が一つである。1講習期間は10日から2週間、この間にプライマリーを50-60回やって、20mの丘から18秒ほど飛んで三級滑空士の免状をもらう。だから機体はプライマリーを12機持っている。こうして200人ばかりのグループが月に2-2.5交代するから、月に400から500の訓練生を引き受けるわけだ。松下弁二所長のほかに、常勤の教官が3名いる。


 
(日本滑空機記録規程)

 大日本飛行協会の委員会で審議制定し、昭和17年4月1日から実施された。

    第1章  總 則

(1) 本規定で認める滑空機は左の2種とす

   第1類  単座滑空機

   第2類  多座滑空機

(2) 第2類の記録に関しては、多座滑空機は完全な複操縦装置を認むることを得

尚搭乗者は2人以上たることとし、その重量は装具を含み1人60kg以上なることを要す

(3) 各類は左の記録を認むるものとす

 

   1、距離(直線距離、往復飛行距離、目的地飛行距離)

   2、獲得高度

   3、滞空時間

 (4) 飛行機により曳航出発の場合は、離脱は出発地点上空1,500m以下の高度で行うものとす

 (5) 曳航飛行機は滑空機の離脱後、自記高度計の記録線上に滑空機離脱の高度ならびに時刻を判読し得る如く、直ちに急降下をなすべし

 (6) 距離飛行ならびに高度飛行に於ては、滑空機が曳航飛行機または他の索引装置より離脱せる所を出発点とす

 (7) 距離飛行における着陸点は、滑空機が降着滑走後、停止したる所とす

 (8) 滞空飛行では滑空機が曳航飛行機または他の索引装置から離脱した時刻を出発時刻、降着滑走後停止した時刻を着陸時刻とする

    第2章 距離の測定

(9) 距離は標高零米において出発点と着陸点とを結ぶ大圏の弧にそい公認の地図により測定す(地球の半径は6,371,227kmとす)

(10) 到達した距離は出発点および着陸点との高度差の50倍以上に非ざれば記録として認定せず

(11) 往復飛行における距離は出発点と引かえし点ならびに引かえし点と着陸点間の直線距離の和を以て測定す

(12) 往復飛行における着陸は、引かえし地点と出発点とを結ぶ直線距離の9パーセントを半径とし出発点を中心とする円内になさるべきものとす

(13) 目的地飛行における距離は、出発点と目的地間の直線距離をもって測定す

(14) 目的地飛行においては出発点と目的地を結ぶ直線距離の9パーセントを半径とし目的地を中心とする円内に着陸することを要す

(15) 往復飛行においては引かえし点を、目的地飛行にありては目的地点を、出発に先立ち審査員に申告すべし

(16) 曳航離脱の場合の出発点および引かえし点は、滑空機よりの投下物その他の適当な方法により認定す

(17) 距離は100mを単位として測定し、端数は4捨5入す

(18) 新記録は前回の記録より5パーセント以上勝れたものなることを要す

    第3章 高度の測定

(19) 高度は大日本飛行協会の支給または認定する自記高度計の記録により審査す

(20) 審査員は出発に先立ち記録用紙に検印し自記高度計を検査した後封印し、これを機体に装着す

(21) 滑空機が2個の自記高度計を携行する時には、その中の1個を公認自記高度計とし記録飛行実施前、その旨明示するものとす(他の自記高度計は公認自記高度計に狂いを生じたる場合のみ審査に供す)

(22) 自記高度計は曳航飛行機にも同様に装備すべし

 

    (23) 獲得高度は離脱出発後の最低高度よりその後に到達した最高同度までの高度差の最高のものをもって認定す

 

   (24)高度は10mを単位として測定し、端数は4捨5入す

   (25) 新記録は前回の記録より100m以上勝れたものなることを要す

 第4章 滞空時間の測定

 

   (26) 滞空時間の記録は原則として自記高度計に記録された時間をもって認定す

   

   (27) 記録は分をもって測定し、30秒未満は切り捨て、30秒以上は1分に切上げる

 

   (28) 新記録は前回の記録より10分以上勝れたものなることを要す

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関連記事    協会付記

(航空朝日、昭和18年1月号、
  「ハング・グライダーについて、航空局航空試験所、頓所好勝」)

        PDFファイルです。少し時間がかかります。

 

 

(毎日新聞社発行「模型航空」第2巻第1号 
    「中級練習用滑空機の設計募集と審査に就いて」)

  
PDFファイルです。少し時間がかかります。

 

 





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