明治大正期
昭和元年
昭和2年
昭和3年
昭和4年
昭和5年
昭和6年
昭和7年
昭和8年
昭和9年
昭和10年
昭和11年
昭和12年
昭和13年
昭和14年1月~4月
昭和14年5月~8月
昭和14年9月~12月
昭和15年1月~4月
昭和15年5月~8月
昭和15年9月~12月
昭和16年1月~4月
昭和16年5月~8月
昭和16年9月~12月
昭和17年1月~4月
昭和17年5月~8月
昭和17年9月~12月
昭和18年1月~4月
昭和18年5月~8月
昭和18年9月~12月
昭和19年
昭和20年
昭和18年9月~12月

(ヤハトマンの55時間52分滞空記録)

 9月24日、ドイツのエルンスト・ヤハトマンはワイエ機をもって、東プロシャの海岸で55時間52分の世界記録を作ったが、戦時中でドイツはFAIから脱退しており、この記録は公認されていない。前記録は、やはりドイツのフェルケンスの45時間28分であった。

 (12月、輸送用滑空機「ク-1」に有功章)

  陸軍技術有功章賞状

 兵員輸送用滑空機

    主任者、前田航研工業株式会社同長

          前 田 建 一

    協力者、九州帝国大学教授

          佐 藤   博

    同、  九州帝国大学嘱託

          田中丸 治 廣

 右は木製高翼単葉双胴式の大型滑空機にして、列国に先んじ従来の滑空機の概念を打破し独創的大型高翼面荷重輸送用滑空機の設計試作に成功し、爾後の大型滑空機の研究設計に貴重なる資料を提供し、国軍戦力に寄与する処顕著なり

仍て茲に陸軍技術有功章を授与す

 昭和181221

                         陸軍大臣 東条英機

 備考、 本賞状は外部に出す場合は特殊飛行機とし、内容を公開せざる事

 (昭和18年12月末、無制限曲技用グライダー「ク-10」試飛)

 本機は陸軍航空技研の注文で、主として特殊飛行の訓練用に、無制限曲技機として設計された単座グライダーで、昭和17年の初めから設計を始め、同年4月末、モックアップおよび翼桁テストをし、18年末に試作1号完成、12月25日から28日まで、前田航研糸島工場で試飛行をした。本機はスパン13m、長さ6.94m、主翼面績16㎡、アスペクトレシオ10.5、翼型NACA23018、空重量270kg、搭載量80kg、全備350kg、翼荷重22kg/㎡、滑空比22、この時の滑空速度76km/時、沈下速度0.87m/秒、着陸速度57km/時、最大許容速度325km/時、引き起し場合の終極荷重係数2×6.5=13(航空機強度規定、第5種機として計算)

 単座の無制限曲技用グライダーとしては日本で最初のもので、終戦までに35機製作して陸軍に納入した。



ホーム滑空史年表貴重な資料人物探訪滑空機探索(国内編)滑空機探索(海外編)誰も語らない日本記録工作塾図書室リンク気になる1枚の写真砂丘は知っている動画月刊誌航空朝日